江戸時代にあった「いちご文様」〜 更紗のおはなし

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いちご文様更紗のはがき

きょうは「上野の森」をぶらぶらお散歩。国立博物館へ立ち寄りました。

館内のショップで、その模様のかわいらしさについ手にとったはがき。裏面をみてびっくり、「藍地いちご文様更紗裂 江戸時代」とあります。“江戸時代に、すでにいちご模様ってあったの?!”

そしてどこかで聞いたことのある「更紗」ということば。かなしいかな、布地の種類だろうぐらいの知識レベル…。そこで、さっそく調べてみることに。

そのルーツはインドでした。世界に先駆けて染色技法が進んでいたかの国は、なんと紀元前には天然染料を使って木綿に華やかなな染色をほどこす技術が確立されていたのだそうです。

そんな更紗が世界に広まったのは、船舶技術の発展とともに、スペインやポルトガルが海のルートを利用し東へ東へと航路を拡大していた15世紀以降のこと。やがて日本にも南蛮船にのって、その美しい布がもたらされることとなります。江戸時代初期のことです。

当時の日本で木綿は貴重品。インド更紗は、大名をはじめ茶人、裕福な町人たちをたちまち虜にしました。一部の人だけが手にすることのできた「高価な舶来品」。その美しい文様と華やかな彩色に異国へのあこがれを重ね合わせたのでしょう。

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更紗文様

インドからやってきたこの布地に大いに刺激を受け、17世紀の終わりごろから京都や大阪、長崎で次々に日本独自の更紗が作られていきます。「和更紗」です。

やがて庶民の間でもその模様染めへの関心は高まり、布団や風呂敷、帯などに使われるようになり、日常生活のなかに取り入れられていきました。

そんな江戸時代の貴重な更紗が保管されている国立博物館をでると、外は頬を突き刺す真冬の寒さ。そんなことは関係ないとでもいうように、クリスマスの連休を楽しむたくさんのひとで上野の森はにぎわっていました。

(参考) 京文化通信だより
(photo) Mayumi Ishii@Pinterest

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